「誰かにわかってほしい」と願うのに…
- 「そんなの気にしすぎだよ」と返されて、モヤモヤした
- 「わかるよ」と言ってくれる人がいなくて、孤独を感じた
- 「わかってもらいたい自分」が、弱くて情けなく思えた
こうした経験から、「共感されたいなんて、依存だよね」「自立してる人は、ひとりでなんとかできるはず」と、自分の気持ちを押し込めてしまっていませんか?
でも実は、「共感してほしい」と思うのはとても自然なことです。
それは、心が自分の感情を確認しようとしているサインでもあるのです。
「共感してほしい」は、健全な欲求
1. 人は「誰かと分かち合う」ことで安心する
つらいこと、うれしいこと、困っていること…。
私たちはそれを、誰かと分かち合えたときに、はじめて落ち着いたり、自分の気持ちを整理できたりします。
共感は「問題を解決すること」ではなく、感情に居場所をつくること。
「そうだったんだね」と受け止められることで、感情は初めて「感じきられる」状態になるのです。
2. 感情に共感されると、自己肯定感が育つ
つらさや悲しさを誰かに共感されると、「こんな気持ちでも、否定されないんだ」と感じられます。
それは、自分の存在や感情に「OK」をもらえる体験。
共感は、「自分のままでいていい」という感覚を育ててくれる大切なやりとりです。
「甘え」と「依存」は違う
1. 自立=感情をすべて一人で抱えること、ではない
自立している人ほど、自分の助けが必要なタイミングを知っているものです。
共感が欲しいときに、それを誰かに伝えられることは、むしろ健全なセルフマネジメントのひとつ。
「共感してほしい」と言えることは、甘えではなく、自分の感情に誠実であることなのです。
2. 「共感されないこと」で深まる孤独
もし、何を話しても「それってさ…」とすぐアドバイスされたり、「気にしなきゃいいのに」と流されたりすると、次第に「もう誰にも話さない方がいい」と感じてしまいます。
共感されない経験が続くと、自分の感情を否定され続けることになり、自己表現の扉が閉じていきます。
「共感してほしい」は、自分を大切にするサイン
1. 気持ちにラベルを貼るプロセス
「共感されたい」と思うとき、それは「自分が感じていることを、ちゃんと理解してもらいたい」という欲求です。
つまりそのとき、自分の中でまだ感情が整理されていなかったり、迷いがあったりする状態。
「共感してほしい」は、自分の心を整えようとしている行為でもあるのです。
2. 受け止められた経験が、前を向く力になる
「つらかったね」「それはしんどいよね」と受け止められると、私たちはそこで安心して一息つけます。
そして、「じゃあ次はどうしよう」と考える余白が生まれます。
人に共感される経験は、自分の中に自己共感を育てる土壌にもなるのです。
「共感」は、自分を整えるコミュニケーション
誰かに共感を求めることは、自分の心の声を整理し、自分の感情を感じきるための大切なプロセス。
それは「誰かにどうにかしてもらいたい」という依存ではなく、「自分の感情に責任を持つ」ことでもあります。
おわりに:共感を求める自分を、責めないで
「共感してほしい」と思うのは、心が健やかに動いている証です。
それを甘えと感じて否定するよりも、「自分は今、どんな気持ちを大切にしているのかな?」と自分自身に問いかけてみてください。
共感を通じて感情に光があたると、心は驚くほど落ち着いて、前に進む力を取り戻していきます。


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